高岡の瑞龍寺は、かなり緻密で整理された建築だが、それが退屈にならずに、骨格が明瞭で清々しい印象がある。説明文には「江戸初期」とあったのだが、どこか桃山時代を思わせる空気があった。一緒にまわってくれた人に、「これはほぼ桃山時代だと思う、、」と言いながら見て回った。
廻廊が長方形をぐるりと描いていて、その中にポツンと仏殿が配置される。比率がことごとく明快で、仏殿の配置も、その前庭がちょうど正方形となるように決められている。それから、廻廊の短辺に対して、山門と仏殿の幅は4分の1、法堂の幅が2分の1... 等々
ディテールや納まりは構築的で大胆な印象がある。山上善右衛門嘉広の表現の鮮やかさに脱帽するばかりだった。ただ、その理由を探そうとしても、不勉強なもので現地でも原因がはっきりとわからず、パッと調べても「禅宗様の整然とした建築」というところにとどまってしまい、もやもやが残ってしまった。
家に帰ってから、ようやく伊藤延男さんの文章*の中に、その答えをみつけて嬉しかった。総門で外に向かって梁がぐいと飛び出ている点や、仏殿内部で中央を広くとったことで架構が特殊となる点、仏殿との対比から法堂は平明な装飾にとどめる点などが手がかりのようだった。
その文章の最後の締めくくりには、やはり、桃山時代からの継続について書かれていて、深く頷きながら読んだ。そして、ここで言う「桃山時代の継続」というのは、具体的な細部が類似しているということよりも、設計の態度が創造的・構築的であることについて言っていると思う。少なくとも、現物を前にしたときに自分はそのように感じた。
※東京国立博物館 編『Museum』(105),東京国立博物館,1959-12.