小説家のフランツ・カフカは官僚でもあって、「労災保険局」という部署で、いくつもの公文書を書いている。『採石業における事故防止』も、その時期にかかれたもので、それは一見すると淡々とした役人のレポートに過ぎない。ただ、大人数が関わる仕事に携わるようになってから読み直すと面白かった。砕石の現場で、労働者や監督員の個々の判断が積み重なった結果、全体としてうっすら奇妙な状況が生まれる様が、切り取られているからだ。
例えば、ある石切り場の写真には、端のほうにぼんやりと2本の木が映っている。この木についてカフカは次のように推測している。
「石切り場の壁面すれすれに立っている木さえも放置されている...(中略)...木の根が廃石を固めて崩れにくくすることを期待して、しかるべき犬走の設置義務を怠ってもよいと考えたのではないかと思える。」
...実際のところは作業員は特に深く考えずに木を残しているだけではないか、とも僕は思う。このような例がいくつか続くが、彼はやはり少しだけ考えすぎにも見える。そして、その「考えすぎ」にこそ、カフカ独自の視点が表れているのも確かだ。一つ一つの理由は理解できるのに、全体としてはどこか腑に落ちない....彼は、その違和感を執拗に見つめ続ける。
多和田葉子によるこの文書の解説では、「辛辣なユーモア」「逆説的な言い回し」といった側面が取り上げられている。けれど、それだけではなく、一見合理的にみえる状況への強い焦りと不安が、文書のところどころに滲み出ているように思う。それはもしかしたら、役所の仕事や建設業に近い人間だけが過敏に感じるものなのかもしれないけれど。
※全然関係ないけどこの文書の川島隆さんによる日本語訳のなかで「過負荷」という文字が出てきて二度見してしまった。